許せない人へ「ありがとう」を言うのに10年かかった話
身近な人の死
こんにちは、こたつ♀です。
身近な友人のお父さんが昨日、天国に逝きました。
お会いしたことはなかったですが、その友人がお父さんのことをすごく尊敬しているのは、知っていました。
あんな風に稼いで、家族に「お金の心配はいい」と言える人間になりたい。
友人と出逢った8年前から、彼はずっと言っていました。
とっても人を大事にして、思い遣りがある彼を見ていると、きっと素敵なお父さんだったのだと思います。
心から、ご冥福をお祈り申し上げます。
10年経っても涙が出る夜
わたしが生きてきて、身近な人が天国に逝った経験は、おばあちゃんでした。
社会人1年目の終わりくらいでした。
お風呂の浴槽の中で意識を失っている姿を、2人暮らししていた母が発見し、救急車を呼んだ。
高齢で、夜中で、中々受け入れてくれる病院がなかった。
ずっと狭い田舎をさまよって、やっとたどり着いた病院に、わたしも東京から駆けつけました。
もう脈が少なくて、何を大声で呼びかけても反応はありませんでした。
おばあちゃんに車も、なんでも買ってもらって、すぐ仕事は辞めてしまって実家にずっといた姉が、横に立っていました。
ホストにお金を使いすぎて、カードも使えなくなって、お金も借りられなくなり、おかんに肩代わりしてもらった直後に、急に家を出て行った。
そんな姉は、後日、おばあちゃんが姉名義にしてあげた車のスペアキーを用意して、荷物をもって車を乗り去っていったそうです。
おばあちゃんに「もうわたしが死んでも戻ってこないんかい」と聞かれて、「こんな家二度と戻ってくるか」と言い放った。
たくさんお世話になって、可愛がってくれたおばあちゃんが死にそうなとき。
母が「あんた世話になったんだから謝りなさい」と言いました。
姉があのとき「すみませんでしたー」と棒読みしたことを思い出すと、悔しくて悲しくて、今でも涙が出ます。
家族ってなんだよ。
血の繋がりって、そんな薄いのかよ。
なんでそんなことができるんだよ。
その経験があったからこそ、赤の他人でも、心から信じられる存在が、わたしには死ぬほど大事です。
おばあちゃんのお葬式で、姉がいとこに笑って言っていた一言が、すごく残っています。
「一人暮らしすごい快適。うるさいこと言われないし、ちょう楽しい」
このことがまだわたしの中で大きいことだと、前回の情熱大陸飲みで思い出しました。
許せない人は、許せなくてもいい。
だけど、感謝することはできますか。
そう、この本に書いてありました。
ダイヤモンド社『ありがとうの神様』小林正観
https://www.diamond.co.jp/book/9784478061879.html
きっとおばあちゃんは、棒読みするような姉のことも、可愛がっちゃう。
どうしようもなく、孫に甘いひとだから。
10年連絡が取れない姉に、すぐにどうこうできないけど。
ちょう楽しく生きていたら、正直腹立つけど、けどばあちゃんや母は喜ぶから。
許せない人のしあわせを願う。
少しずつ、わたしもそうなっていきます。
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